2018/08/08 04:53

7 ミス・シルヴィア・ベイカー


 ミス・シルヴィア・ベイカーは、テムズ川の南岸に穿たれた運河の岸辺に住んでいた。手入れのゆきとどいた家が並ぶ、中流階級むけの地区だ。ミス・ベイカーの家は、窓辺や玄関のまわりに鉢植えの花が飾ってあった。持ち主のイメージそのままの、優雅で気持ちのいい住まいだった。その日の昼下がり、わたしたちの訪問を告げる呼び鈴の音に応えて、彼女はドアをひらいた。かたむき始めた太陽の光が、上品な顔だちの若い魅力的な女性の姿をわたしたちの目の前に映し出した。歳はまだ二十歳そこそこだろう。ピンク色のギャバジンのワンピースに、袖なしの上着をはおっている。そんな気取らない服装が、頭のうえでひとつにまとめたブロンドの髪を引き立たせていた。わずかにうえをむいた小ぶりの鼻が茶目っ気ある表情を作っているが、それを和らげる明るい目には、むしろ警戒の色が浮かんでいた。
 こうしてやって来た目的を告げるため、オーウェン・バーンズはとっておきの笑みを浮かべたけれど、若い女は顔を固くしたままだった。そして父親の遺体は見つかったのか、犯人は捕まったのかと、だしぬけにたずねた。
「それはまだですが、われわれの質問にお答えいただければ、遠からずわかるでしょう」
 ミス・ベイカーの魅力的な顔は、まだ不信感でいっぱいだった。
「警察の方ですか?」
「警察の依頼で調査をしている者です」
「バーンズさんとおっしゃいましたよね」彼女はもの思わしげにたずねた。
「はい、オーウェン・バーンズです」とわが友は答え、あらためておじぎをした。「わたしの名前はお聞きおよびかと思います。数多くの事件を、わたしが……」
「今、思い出しました。去年、市長さんの行進を邪魔したのはあなただったのでは?」
 ぼくは内心、深いため息をついた。ミス・ベイカーが規律を重んじる性格なら(その可能性は大いにありそうだが)、わたしたちの鼻先でためらうことなくドアを閉めてしまうだろう。去年、わが友が引き起こしたスキャンダルについて、ありとあらゆる新聞が書き立てた。オーウェンは急を告げるかのように群衆から飛び出し、「テロだ、犯罪だ」と恐ろしい叫び声をあげ、厳かな行進のさなかに筆舌につくしがたい大混乱を引き起こしたのだった。彼はとうとう車道で気を失ったが、やがて意識を取り戻すと、行列の制服には色の調和が欠けている、これは《許しがたい犯罪》であり《重大な過ち》だと激しく糾弾したのだった。彼の人脈や司法への貢献がなければ、こんな事件を引き起こして無事にすまされやしなかっただろう。なにしろ女王陛下の臣下たちは、全員この事件にかんかんだったから。
 オーウェンが神妙な表情でかしこまっていると、ミス・ベイカーは若々しい溌溂とした顔を、初めて明るくほころばせた。
「あんなに愉快だったのは、生まれて初めてだったでしょうね」と彼女は言った。「さあ、どうぞ。お入りください」
 ミス・ベイカーの家は整理整頓が行きとどき、飾りものの趣味もすばらしかった。彼女は美しいだけではなく、家事にも長けているらしい。家のなかでもいちばん快適なのは、居間の一角に違いない。日がさんさんと射しこむ大きなフランス窓は、運河のうえに張り出したバルコニーに面している。穏やかな流れの景色を引き立たせるゼラニウムは、赤い斑点を散りばめた緑の宝石箱のようだ。フランス窓の前に置かれた柳の肘掛け椅子に腰かけるよう、ミス・ベイカーはわたしたちにすすめた。
 オーウェンはバルコニーに飾られた植木の花を褒めたあと、やおら上着の内ポケットから数枚の紙を取り出し、こう言った。
「まずは捜査結果を簡単にご報告し、それからいくつか質問させてください。あなたご自身がご存知のことと違っている点があれば、遠慮なくおっしゃっていただければと思います」
 ミス・シルヴィア・ベイカーが黙ってうなずくと、オーウェンは先を続けた。
「去る八月十九日の午後十時ごろ、霧の深い夜のこと、お父上はキングス・アームスの居酒屋を出て、奇妙な待ち合わせに出かけました。それは旧友のひとりで、長年会っていなかったハリーという男と、前日に約束した待ち合わせだということでした。ハリーはお父上に見せるべきなにか特別なものがあるので来て欲しいと、手紙で場所を知らせてきたのです。待ち合わせは二階の一室で行われました。待っているあいだは充分用心するようにとお父上は言われていました。手紙には地図も添えられていて、クラーケン・ストリートへ行くまでの道筋が示されていました。けれどもご存知のように、その路地は消え失せてしまいました。
 お父上は矢印だらけでめまいがしてくる、迷路みたいな地図を丹念にたどっていきました。あっちに行ったりこっちに来たり、右に曲がったり左に曲がったりを絶えず繰り返しながら、お父上はようやくクラーケン・ストリートにたどり着きました。シルクハットをかぶった奇妙な男が路地の入口に立っていて、ここがクラーケン・ストリートだと教えてくれたのでした。さらに奥へ行くと、待ち合わせをした家の入り口を見張るかのように、ひと組の男女が立っていました。ちなみにお父上ははっきり言ってませんが、その二人とは売春婦と盲目のブドウ売りだと思われます。お父上は家の二階にあがり、ハリーが指定した場所へ行きました。そこは薄暗い、がらんとした部屋でした。しばらく待ったものの、友人はやって来ません。しかしお父上はそこで、異様な場面を目撃することになりました。まるで霧のカーテンからあらわれ出たような、近くて遠い光景が、部屋の窓から見えたのです……」
 ミス・ベイカーは深いため息をついた。
「霧のカーテンからあらわれたのか、アル中の靄からあらわれたか、わかったもんじゃないわ」
 オーウェンは考えこむかのように、指を唇にあてた。
「お父上はお酒を飲みすぎるきらいがあると、たしかにファイルには書かれていますが」
 ミス・ベイカーはすべすべとした美しい額にしわをよせ、顔をこわばらせた。
「根っからのアル中なんですよ、父は。母が体を悪くして亡くなったのも、もとはといえば父が原因なんです。それからは、わたしまで奴隷あつかいして。でも、わたしは言いなりにはなりませんでした。十七歳のときに父のもとを離れ……でも、後悔なんかしてません。父は母とわたしをさんざん苦しめたんです。父がしらふでいるところなんか、ほとんど覚えていないくらいだわ……」
「でもあの晩は、飲んでいなかったようです」
「いつもよりはってことでしょう。だからって、頭がはっきりしていたとは言えません」
「そうかもしれません。たしかにお父上の証言は、アル中患者の妄想かと思いたくなりますが、それを真に受けるべき理由がわたしたちにはあるんです。ともかくお父上は奇妙な体験について、キングス・アームスの友人たちに乞われるがまま繰り返し語りました。お父上をからかう絶好の機会を、みんな逃すまいとしたんでしょう。でも、そのおかげで、今われわれが知っている事の次第を、警察は逐一追うことができたのです。お父上が目撃したという、異様な場面について話を戻しましょう。まずは山高帽をかぶり、ぴんと跳ねあがった立派な口ひげをたくわえた、身なりのいい上品な男が見えました。紳士は自宅でゆったりとくつろいでいるかのようでした。なにかお祝いごとでもあったのか、グラスに注いだポルトをちびちびと飲みながら、絶えず口ひげをさすっては口笛を吹いています。お父上にはなんの曲かわかりませんでしたが、メロディは覚えていました。酒場で話の合間に口ずさんでみたところ、音楽好きの友人が気づきました。それはヨハン・シュトラウスの『美しく青きドナウ』でした」
「たしかに父は抜群の記憶力でした。妙な話ですけど。それだけはすばらしかったと思います」
「やがて謎の紳士は引き出しからパンフレットを取って、うれしそうに眺めました。ピサの斜塔の大きな絵に、うっとりとしているようです。おそらく観光旅行に出かけるつもりなのでしょう。ほどなく、紳士がスーツケースの準備をするのが見えましたから。そのあたりを境に、窓の外の光景は消えてしまいました。なんだか気味悪かったうえ、友人のハリーもやって来ません。待ちくたびれたお父上はその場をあとにし、階段をおりて家を出ると、引き返していきました。路地の入り口には、さっき道をたずねたシルクハットの男がいました。男はお父上を呼びとめ、奇妙なことを言いました。
『水飲み場で喉をうるおしたら、またわたしに会いに来い』
 お父上はびっくりして、ハリーを知っているかと男にたずねました。すると相手はこう答えました。
『闇の王国の住人なら、ひとり残らず知っている。だが、急いで水を飲むんだ。さもないと、この世界が消えてしまうだろう』
『でも、どこの水飲み場で?』
『道の途中にある、最初の水飲み場だ』
『普段、あんまり水なんか飲まないんだが』
『急げ。繰り返しては言わないぞ』
 それが奇妙な人物が発した、最後の言葉でした。ずっと奇妙な出来事続きだったので、バシル・ベイカーは慣れっこになってしまい、ともかく言われたとおりにしました。はたして路地のほど近くに、給水場がありました。ところがお父上が戻ってみると……クラーケン・ストリートは姿を消していたのです。
 お父上はあたりをくまなく見てまわりましたが、路地はどこにもありません。お酒が切れたせいで、幻覚症状があらわれたのでしょうか。路地の角の居酒屋で渇きを癒そうかと思いましたが、店も消え失せてしまいました。お父上はパニックに襲われ、路地から路地へとあてずっぽうに走りまわりました。深い霧のせいで通りの名前がよく見えず、自分がどこにいるのかわかるまでに何時間もかかってしまいました。キングス・アームスの酒場で奇妙な体験談を語ったときも、その現場がどこだったのかはっきりと言うことはできませんでした。リヴァプール・ストリート駅のどこか北西部だというだけで。友人のハリーが送ってきた地図も、残念ながら途中でなくしてしまいました。お父上はせがまれるがままに、三、四日のあいだ毎晩、この話を披露しました。そして八月二十六日の夜、どうもこいつは怪しいと口にしたのです。『謎が解けたような気がする。今夜、白黒はっきりさせるつもりだ』とお父上が言うものだから、彼の迷論にうんざりしていたみんなも好奇心を搔き立てられました。翌日、お父上はキングス・アームスにあらわれませんでした。それから何日間もずっと、音沙汰なしです。そこでベイカーさん、あなたは飲み仲間のひとりから知らされ、ロンドン警視庁におもむいて行方不明の届け出したのですね」
 沈黙が続いた。やがてシルヴィア・ベイカーの目に涙がこみあげた。
「そのとおりです。あれから二か月近くになりますが、父を見かけた者は誰もいません。もしかして……」
 彼女は声をつまらせ、すすり泣いた。
「事態を直視なさったほうがいい」とオーウェンは同情するような口調で続けた。「お父上が無事に見つかる可能性は、とても低いでしょう。年齢は五十五歳で、失業中ですよね。だとしたら、ただ失踪したとは思えません……それにほかにも二人、同じような状況で行方不明になったまま、見つからない人がいるんです」
「父のことはずっと憎んできました。本当に。それでも、実の父です。父が行方不明になったと聞いて、最初はただ驚いただけでした。それから、不安になってきました。今では、怒りと哀れみが混じり合った気持ちです。どうして父の遺体は、見つからないままのか? 父はどこで、どうなったのでしょう?」
「わたしが今お話しした事件の経緯については、すべてご存知でしたか?」
「ええ、だいたいのところは。父がいなくなったと知らせてくれたキングス・アームスのお友達から、詳しく話をうかがいましたから。それに警察の方からも。わたしのほうからお教えできることは、なにもありませんでした。父とはほとんど会っていませんでしたし。けれどもみなさんの反応は、とても意外でした。父の話は酔っぱらいの作り話だと思っていらっしゃるようだったので……」
「あなたもそうだったのでは?」
 若い娘はしばらくじっと考えていた。
「いえ、今はもう違います。霧に包まれた光景の話は、別かもしれませんが。でも父はきっと、罠にはめられたんでしょう。いたずらを仕掛けられたんです。たぶん、人違いで。だってわたしの知る限り、父には敵なんかいませんでしたから。それでも警察の消極的な反応には、少し気分を害しました。だから自分でも、いろいろ調べてみたんです。新聞社の資料室へ行き、父の事件に関する記事にはすべて目を通しました。けれども大したことは、なにも書かれていませんでした。酔っぱらいのたわごとだと片づけている囲み記事が、二、三あっただけで。ところが一か月前、状況が変わりました。捜査員の方々がまたやって来たのです。事態を別の角度から見ているとかで」
「その間に、いくつか新たな事件がありましたから」
 シルヴィア・ベイカーはうなずくと、口もとにうっすらと笑みを浮かべて、外の一点を見つめた。「ええ、存じています。ロンドンの司祭さんも、同じような体験をなさったんですよね」
「司祭のほかにも、何人かが」オーウェンはそう言うと、奇妙な表情で若い娘を観察した。
 彼は不思議そうに、シルヴィア・ベイカーを見つめた。そのときわが友が彼女に抱いていたのは、純粋に職業的な関心だったのか、それとも個人的な関心だったのか、わたしにはわからない。おそらく、その両方だったのだろう。こと女性に関する限り、オーウェンは趣味と実益を兼ねるのが誰よりも巧みだったから。
 しばらく沈黙が続いたあと、オーウェンはこう続けた。
「するとお父上について、これ以上わたしたちに話すべきことはないと?」
 シルヴィア・ベイカーはうなずいた。
「ええ、ありません。さっきも申しあげたとおりです。父とはもう、ほとんど行き来はありませんでした。父のふるまいは不快で、恥ずかしいばかりでした。あんな自堕落な生活が、父には心地よかったのでしょう。でも、わたしは耐えられませんでした。だからこそ、わたしはなんとかまともな暮らしを送れているんです」
「あなたはリージェント・ストリートの大きな服飾店で、売り場の主任をなさっているとか?」
「そうです」とミス・ベイカーは、自慢するふうもなく答えた。
「消えてしまうという路地について、どう思われますか?」
 シルヴィア・ベイカーは悪寒に襲われたかのように胸の前で腕組みをすると、口ごもりながら言った。
「わたしには、なんとも……さっぱりわけがわかりません。でもわたしなら、夜中にそんなところ歩いたりしませんね。それだけはたしかです」
「その路地は未来を予言したり、過去を再現したりすることもできるとか。ご存知でしたか?」
 しばらく沈黙を続けたあと、ミス・ベイカーは聞き返した。
「真面目な話ですか?」
「ともかく、昔はそう言われていたそうです」オーウェンは肩をすくめて言った。
「父や司祭さんが見た場面がそうだったと? かつて実際に起きた出来事と一致しているんですか?」
「その可能性も検討しなくてはなりません」
 シルヴィア・ベイカーは不安そうに、目を丸く見ひらいた。
「でも、そんなことありえません」
「消える路地だってあるくらいですから」
「あなたのお話しは、わけのわからないことばかりだわ……」
 オーウェンはにっこりして、上着のボタンホールを直した。
「ご心配なく。ときおり自分でも自分のことがわからなくなるくらいですから。ところでベイカーさん、結婚のご予定は?」
「いえ……今のところは、まだ」と彼女は口ごもった。頰がたちまち真っ赤に染まった。「でも、近いうちとは思っています。今、つき合っている恋人とは、まだ知り合ったばかりですが。でも……どうしてそんなことをお聞きになるんですか?」
「あなたの意中の男性は幸運だったと、今つくづく思っているところだからですよ、ベイカーさん」
 オーウェンはこの言葉を機に立ちあがると、家の主にうやうやしくおじぎをして辞去した。
「よくわからないな。最後の質問にはどんな意味があったんだ? あんなことを聞いて、なんの役に立つんだい?」わたしは中心街へ戻る辻馬車のなかでわが友にたずねた。
「証人を面くらわせると、いろいろわかることがあるのさ。驚きを搔き立てよ、というのがわが長年のモットーでね」
「なるほど、さもありなんだ。挑発に関する限り、きみは怖いものなしだからな。でもそれを別にしたら、はっきり言って今日は収穫なしだったのでは。時間の無駄だったような気もするよ」
「ぼくは違うね。すばらしい美人と心地よいひとときをすごすことができたじゃないか」
「それは認めるが、事件の調査という点じゃ、一歩も進んでいないぞ」
「そう思うかい? でもわれわれは今、今後の行方を決する大事な段階にいるんだ。情報を集め、それを体系的に分類するという段階にね。やがてときが来たら、適切に利用できるように備えているんだ。論理的な思考をする人間なら、誰でもよくわかっていることだ。問題解決の方法は本質的に、いかに問題を提起するかにあるってね。だからぼくは、大いに前進していると思ってるさ。考えてみろよ。われわれは昨日の晩まで、この謎についてほとんどなにも知らなかったんだぞ。それが今はどうだ?」
 わたしはサウスワーク橋沿いを走る辻馬車のなかで、傾き始めた太陽の光を受けてきらきらと金色に輝くテムズ川をもの思わしげに眺めながら、辛辣な口調で答えた。
「そうとも、今は常軌を逸した話のまっただなかさ。みんながみんな、たちまち狂気に襲われてしまったかのように。ドラマを演じる役者ばかりでなく、目撃者たちもね。消え失せる路地、砂漠やら北極やら水飲み場やらと、わけのわからないことをしゃべり続ける連中。数えあげればきりがない。殺人の場面もあれば、ピサの斜塔を眺めて口笛を吹いているひげ男も出てきて……」
「スチール司祭の調書を読んだかね?」
「いつ読めたっていうんだ。ウェデキンド警部からあずかったファイルは、一日中暇な時間はずっと、きみがひとり占めしていたじゃないか。司祭の証言だって、どうせ似たりよったりだろうけど」
「彼が見たのは口笛を吹くひげ男ではなく、ロシアンルーレットをする男だがね……調書を見てみたいか?」
 ぼくは深いため息をついた。
「いや、今はけっこう。いかれ頭の話は、もううんざりなんでね。あとでゆっくり読むさ」
 わたしはそう言って顔をそむけると、テムズ川の灰色の水面を見つめながら口笛を吹き始めた。しばらくすると、じっとこちらに注がれるわが友の視線を感じた。ふり返ったとたん、オーウェンの奇妙な表情にはっとした。まるで幽霊でも見るかのような目つきで、わたしを凝視しているではないか。
「驚いたな。そのメロディに思いあたることがあるぞ……」
「メロディって?」
「きみが口笛で吹いていたやつさ」
「でも……」
「それは『美しく青きドナウ』だろ?」
「ああ……でも、わざとじゃないんだ……さっきその話が出たから、無意識に吹いてしまったんだな」
「そのメロディを口笛で吹く癖がある男について、聞いたことがある。おまけにそいつは、いつも口ひげをひねっていたんだ」
「冗談だろ?」
 オーウェンは重々しい表情で首を横にふった。
「ぼくにとって驚きなのは、ウェデキンド警部もほかの警察官も、それに思いあたらなかったってことさ。いや、まったく信じられん」
「だが、それは何者なんだ?」
「かつてまんまと絞首台を逃れた殺人犯、ジョージ・トッドさ。さあ、こいつは一刻の猶予もならないぞ。おい、御者君、すぐに警視庁へむかってくれ」


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